 今から1000年程前の平安時代に記された源氏物語。
その最後の10巻は、宇治を舞台としているため「宇治十帖」と呼ばれています。
宇治は、四季折々の彩りが豊かで、また、時として川霧が濃く立ちこめる、幻想的な場所であり、当時の平安貴族はこの地に別荘を建て、都での熾烈な権力争いを忘れてつかの間の静けさを味わう処でした。
紫式部が光源氏のモデルの1人とした源融(みなもとのとおる)も別荘・宇治院を建て、この地をこよなく愛していたといいます。
しかし、平安時代に大きな不安が静かに忍び寄っていました。
それは、釈迦が亡くなって1500年の後、仏の教えが次第に及ばなくなり、戦乱や災害で世が乱れていくという「末法思想(まっぽうしそう)」でした。
 恐れを感じた貴族たちは、「御堂」を建てて、仏にすがり、やがて宇治は、心のやすらぎを求める処として知れ渡っていきました。
紫式部もまた、この見えない不安を感じながらも物語の筆を進めていました。
そして宇治十帖で「人間の罪」と「因果応報(いんがおうほう)」という深遠な主題に迫ろうとしたとき、紫式部は物語の最後にふさわしい場所として、貴族たちの祈りの場である、宇治の地を選んだのだと云われています。
主人公・薫(かおる)と匂宮(におうのみや)の2人に愛され、その間で苦しみ、宇治川に身を投げた女性・浮舟(うきふね)を助けたのは比叡山の高僧・源信(げんしん)と云われています。
紫式部は、末法の世の不安から救われる為には「仏を想い、念仏せよ」と「往生要集」で説いた源信を物語に登場させることで、源氏物語の結びを浄土の救いに託したのでしょう。
 「宇治院」は、200年余りを経て藤原道長、頼通の手に渡り、末法の世が始まったとされた翌年の1053年、極楽浄土さながらの荘厳な佇まいの平等院・鳳凰堂として、その姿を変えました。
「橋姫」から始まり「夢浮橋」で終わる「宇治十帖」。
紫式部は、源氏物語の最後の十帖に、現世と永遠なる浄土との橋渡しを託していたのかもしれません。
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